STUDIO TORIUMI

「和」は、争うなという
意味ではなかった。

十七条憲法の第一条は、黙って合わせろという話として広まっています。原文を最後まで読むと、逆でした。本旨は最後の一文にあります。そして人の考えが本当に変わる方法は、実験で確かめられています。1400年前の一文と、10年前の実験が、同じことを言っていました。

01 / TEXT最後の一文が本旨です

十七条憲法 第一条

よく引かれるのは冒頭の「和を以て貴しと為し」だけです。そこで切ると、「揉めるな」という訓示になります。

けれど文は続きます。「人は皆それぞれ党(かたより)を持っていて、分かっている者は少ない」——つまり、意見が食い違うのは当たり前だ、と最初に認めている。そのうえで最後にこう言います。

上も下も打ち解けて、そのうえで議論を尽くせば
筋は自然と通る。

議論するな、ではありません。議論するために和を作れ、という順番の話です。和は目的ではなく、条件のほうでした。

意見が割れることを前提にしている点も重要です。全員が同じ考えになることを目指していません。目指しているのは「事理自ずから通ず」——正しい筋道のほうが、勝手に見えてくる状態です。

02 / EVIDENCE本当に人の考えは変わるのか

精神論に聞こえるところですが、ここは実験があります。

2016年、政治学者の Broockman と Kalla が Science に報告した実験です。戸別訪問で、相手と10分ほど話すだけ。効果を無作為化比較試験で測りました。

10分1回の会話の長さ
3か月+効果が続いた期間
10人に1人実際に態度が変わった割合

そして党派を超えて効きました。民主党支持者にも共和党支持者にも、リベラルにも保守にも、性別・人種を問わず。

対照的に、効かなかったもの。テレビ広告とダイレクトメールです。同じ研究の流れで測られていて、効果はほぼ無く、あっても数日で消えます。「正しいことを、強く、繰り返し伝える」やり方は、人の考えを変えません。お金と時間を最も多く使っているのが、この効かないほうです。

何が違ったのか

会話の中身です。訪問した側は説得していません。やったのは、相手自身に、自分が違う扱いを受けた経験を思い出して語ってもらうことでした。そのうえで、話題の相手の立場をその経験になぞらえてもらう。

研究では analogic perspective-taking(類推による視点取得)と呼ばれています。こちらが与えるのではなく、相手の中にすでにあるものを取り出してもらう。

人を変えるのは、
こちらの正しさではなく、相手の記憶だった。

1400年前の「上和ぎ下睦びて事を論ずれば」と、ほとんど同じことを言っています。まず打ち解ける。それから話す。順番を逆にすると効かない。

03 / DO自分でやるときの型

実験の手順を、日常の会話に落とすとこうなります。

  1. 勝とうとするのをやめる。相手を言い負かした瞬間に、その人の考えは固まります。論破は、相手を変えない最も確実な方法です
  2. 相手の経験を聞く。意見ではなく経験を。「なぜそう思うんですか」ではなく「そう思うようになった出来事は何かありましたか」
  3. 黙って最後まで聞く。途中で事実を訂正しない。訂正した瞬間に、相手は語るのをやめます
  4. 自分の側の弱いところを先に言う。「ここは自分でも自信がない」と先に出すと、相手も出せるようになります
  5. 合意を目的にしない。「分かり合えた」を目指すと失敗します。目指すのは「話が続けられる状態」だけで十分です

ひとつ、期待しすぎないために。実験でも変わったのは10人に1人です。9人は変わりません。それでも、広告やビラより桁違いに効いています。「ほとんど効かない」と「まったく効かない」の差は、とても大きい。

04 / CODEこれを仕組みにすると、こうなる

このサイトを置いているスタジオトリウミには、感想を書ける欄があります。そこに「批判は通し、侮辱は弾く」という仕分けを実装してあります。和を、規則ではなく仕組みとして書くとどうなるかの実例です。

通すこの記述は誤りです。出典の年が違うのでは
通す根拠が弱いと思います。一次資料はありますか
通すこの結論には反対です。理由は3つあります
通す言っていることが理解できません
弾く内容が薄すぎるだろカスが
弾くこんなの作って馬鹿じゃないの

反対も、強い不満も通します。弾くのは、内容ではなく人に向いた言葉だけです。「言っていることが理解できません」はかなり厳しい言葉ですが、通します。それは中身についての発言だからです。

この線引きは、思っているより難しい。このページを書くために自分の実装を試したところ、「こんなの作って馬鹿じゃないの」が通り抜けていました。語尾を限って書いていたせいです。

直すときも慎重にする必要がありました。「彼は馬鹿じゃない、よく調べている」(擁護)や「バカにできない量ですね」(称賛)まで巻き込むと、今度は褒め言葉を弾く仕組みになります。侮辱を減らそうとして、言葉を減らしてしまうのが、いちばんありがちな失敗です。

言葉そのものを禁止すると、まっとうな議論まで巻き込みます。禁じるべきは語ではなく、向きです。中身に向いているか、人に向いているか。第一条が「議論を尽くせ」と言っているのは、まさにこの線の内側の話です。

05 / SOURCES出典

この数字には、前史があります。2014年、同じ趣旨の研究が Science に載りました。ところがデータが捏造されていました。論文に「9,500人に調査した」と書かれていた調査会社に電話をかけたところ、そんな調査はしていないと言われた——それで発覚しています。2015年5月に撤回されました。

その電話をかけたのが、Broockman と Kalla です。当時はまだ大学院生でした。

そして2人は、暴いて終わりにしませんでした。翌年、自分たちで一から設計し直して実験し、本物の結果を出したのがここで引いている2016年の研究です。間違いを指摘するだけでなく、自分でやってみせた。このページの主題そのものだと思ったので、経緯ごと書いておきます。